伊達政宗はどれだけ派手だったんでしょうか。

「伊達だね〜」という言葉に使われる「伊達」という言葉は、
おとこぎを見せることやそのさま、人目をひく派手な行動や、派手な服装で外見を飾ることを意味して使われています。

「伊達」というと男性のイメージがありますが、実は女性にも使われていました。

江戸幕府将軍は徳川綱吉の元禄時代に、商人の妻が「だてくらべ」といって衣装が伊達であるか競ったそうです。

商人は身分的には低い地位でありましたが、財はあり大名にもお金を貸していたような商人もいました。

この商人の妻が経済力を見せつけるために贅を尽くして衣装を仕立て、他の商人の妻と競っていたそうです。

衣装競べである「だてくらべ」が過剰になり、財産を没収される商人も出てき、町人までが衣装に費やすようになりました。

これを見かねて幕府は、天和三年に豪華なほどこしである金銀の箔で模様を表わす「縫箔(ぬいはく)」、金の糸を使った「金糸」、絞りの「惣鹿の子(そうかのこ)」を禁じる命令がでたほどです。

このような禁止により、また人々は考え「染め」の技術向上につながっていき、

この「伊達」は「いき」につながっていきます。

 

人々の衣装に対するあくなき探究心や欲求には驚かされます。

今ではあまり「だてくらべ」なんてことをする方はいないかと思いますが、この探究心は見習いたいところです。